HISTORY 西都の歴史 通信事業とともに

  • はじめに
  • 日本の電信と電話のあけぼの
  • みんなの電話に
  • 高度情報化社会へ
  • いつでもどこでも誰とでもの時代へ

はじめに

はるか昔から人は情報を伝えるため、様々な方法を編み出してきました。集団生活を営む上で「伝える」ことは「生きる」ことに直結する重大な仕事であり、その必要性の中から多くの文明が生み出されたと言っても過言ではありません。

原初の時代にはのろしや音、旗などで情報を伝えていたところから、人類はやがて文字をつくり、鉄道や船によって郵便を運び、電信や無線、さらには通信衛星によって情報交換を行うなど、「伝える」ための技術をめざましく発展させて行きました。

日本ではじめて電信が開通、電報の取扱いが始まったのは、文明開化はなやかなりし明治2年(1869)のこと。明治23年(1890)には東京と横浜に電話交換事務所が設置され、人手による交換業務が開始されました。

第二次世界大戦後、日本電信電話公社が誕生。「申し込めばすぐつく電話」「どこでもすぐつながる電話」の2大目標を掲げましたが、戦後の復興期や高度成長期ともあいまって、飛躍的に電話の需要が拡大しました。

西都が創業したのは昭和46年(1971)。電電公社が全国完全自動化を達成する昭和54年(1979)までに、8年の歳月を残していた時期のことです。西都は、その高い技術で「すぐつく電話」「どこでもつながる電話」の実現に貢献しました。

そして21世紀のいま、「電話サービス」は「マルチメディアサービス」へと進化し、ユビキタス社会の理想的なあり方が模索されています。西都のスタッフも、その基盤を支えるために必要な技術力をさらに磨き、自分たちだからこそできるサービスを確立していこうと努力しています。

通信の歴史と西都の歩みを、いま一度振り返ります。


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